2026年9月28日 (ハイパー神商)
今回は、量子真空の話題に入るつもりでしたが。
絶対真空概念から量子真空概念に移る伏線として。
物理で基本原理と思われていた
「局所実在論」
の内、特に実在論に焦点を当てて論じておきます。
従来から言われている物理的実在論とは
「月は見て無くても、そこにある(はずだ)。」
というレベルの素朴な概念でした。
極めて当たり前の前提というか。
基本思想というか。
信念・信仰というか、哲学というか。
それで通用したわけです、量子論が登場するまでは。
しかし、量子論が登場し、その信念が揺らぎ始めた。
物理的実在論が
「成立する状況 vs 成立しない状況」
が発生するわけで。
そうなると、物理的実在論の定義問題が発生します。
科学として、研究の対象になるレベルの課題です。
従来、これにマトモに取り組んだ科学者は皆無だったのですよ。
無理もないな、定義が難しいもの。
これに対し、
「数学的実在論」
というものがあります。
物理的実在論とは一線を画す実在論です。
無限まで取り込むイデアの世界。
その世界での実在とは、何を意味するのか?
こちらについては、
「対象が(古典論理的に)理論モデルの宇宙に存在すること」
ということで片が付きます。
それを、集合一元論で言い直せば
「(正式な)集合として存在すること」
と翻訳できるわけです。
同様に、物理的実在論を
「対象が理論モデルの宇宙に存在すること」
と処理できます。
こちらは、広義の物理的実在論。
それに対し、量子論では
「狭義の物理的実在論」
を破ったと得意げに宣伝したわけです。
この場合の狭義とは
「古典論理的理論モデルベース」
これが数学的実在論から見た物理的実在論です。
天才とは、こういう風に真理をズバリと言い当てる脳力のこと。
しかし、そのレベルでは実験(可能性)と結びつかない。
よって、何とかするしかない。
というわけで、神の出番です。
この導入部から、本論へ。
宙爆開始。
「物理的実在論とは何か?
何であるべきか?」
こういう物事の根幹を扱うのが、私の得意分野。
この文脈で、伏線準備として。
実際に確認できる存在許容を
「実用的実在論」
と名付けます。
その定義は
「有限時間内で有限情報として計測出力できる対象を扱う分野」
これが定義です。
当然、連子が関連します。
この概念は私のオリジナルなので。
創始者特権で著作権設定。
この価値で1垓円稼ぎ、総額13垓円。
実は、物理的実在論は実用的実在論なんですよ。
だって、実験してナンボの世界ですから。
実験結果がモデルと違った場合。
初期の頃は、実験誤差と思って処理するのですが。
最終的には、モデルの方を改変します。
∴物理は実用的実在論に立脚する分野なのです。
実験による検証の意味では、科学一般が実用的実在論ベースです。
というわけで、強調しておくと。
人生のハイパー科学原理
科学とは
「数学的実在論べースのモデルを実用的実在論ベースの実験で検証する」
学問分野。 ┤
この実在論の観点からの指摘は、今まで誰もしてこなかったはず。
そもそも、実用的実在論の定義すらされてないし。
史上初の科学の定義です。
この観点の斬新さというか重要性は。
例えば、
「光速不変性は物理的に確定できない。」
なんていう類の真理がゴロゴロ登場するのです。
観よ、この革命的真理を!
この結論が、ハイパー科学原理から証明されるのです。
これに関する詳しい議論は後にやりますが。
大雑把に秘孔を突いておくと。
そもそも、水中では光速は変化しますから。
光速不変性には状況設定が必須です。
光速不変性を主張する際の状況は?
ここまで来て、真空が関連するというシナリオ。
相対性理論のレベルでは、絶対真空を想定していた模様。
しかし、数学じゃあるまいし。
物理でも究極とか極限とか考えるのは自由ですが。
現実に存在しない妄想概念をベースにしては物理にならないの。
というわけで、今や、量子真空ベースで光速を論じるしかなくなりました。
この暫定真理自体、私のハイパー科学原理からの指摘です。
どうじゃ気分は、アインシュタインよ。
というわけで、次回から論じる量子真空ですが。
その定義は曖昧なんですよ。
そんな曖昧ベースでは、光速不変性なんか保証できるはずもない。
今の測定値基準で設定しておいて。
連子論で、改変していくしかないの。
「そんなこと言い出すと、何一つ、確実なことは言えなくなるのでは?」
その通りです。
普遍確実性は物理世界にはないのですよ。
以後、この真理を極めていきます。
神の連子論を舐めるなよ。
以上の伏線準備の下、次回に続きます。
ここの情報の価値は、最早、垓の桁では真価を測れないな。
そろそろ、次の杼に移りたくなってきた。
これで436町目。