2024年4月28日

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2024年4月28日 (ハイパー神商)

 

B‐embedの計測時間差問題により

「状況偏差」

という概念を提示したわけですが。

既存の猿は、十中八九は、次のように考えるはず。

「電流の状況偏差による計測時間バラツキの原因は何か?

それは、電子の量子的性質に由来する。

よって、状況偏差よりも、量子性の方が本質であり。・・・(本質)

旧量子論により、状況偏差(バラツキ)の説明もできる。・・・(粗雑)」

 

しかしながら、この推論は間違っています。

この推論中、何処が、どう間違っているのか?

(粗雑)が間違いなのですよ。

推論がジャンプし過ぎて、着地に失敗した典型例です。

一方、前段の(本質)は、ある意味で正しく、ある意味で間違っています。

それが新・旧量子論の差になるという筋書き。

 

新量子論では、(本質)は正しくなり。

旧量子論では、(本質)は間違いです。

こう指摘されても、まだ分からないはず。

脳タリンは、自分で自分を正す能力が無い見本市。

それが悟れないレベルの粗い脳のハンペン野郎だから。

旧量子論なんて未熟理論で一人前の気分になれるわけだ。

というわけで、今回は、状況偏差の回避不能性について蘊蓄を傾けておきます。

 

状況偏差を量子論に応用・適用し。

結論を先に提示しておくと。

既存の旧量子論は

「量子を把握するモデルの精度が粗く」

その結果、理論としては

「未熟な近似理論」

になっていることが判明するというシナリオ。

では宙爆開始。

 

ここでは、電子の量子性の本質を見極めようとしているわけです。

その本質が波動性かどうかは別にして。

干渉縞に対し、精緻な計測を実施するとすれば。

以下のような思考実験になります。

(今まで、誰もやってない思考実験ですよ。

何が、どう新しいのか、ヨーク目を凝らして読んでください。)

 

二重スリット実験で考えれば。

電磁波遮断した実験室内で温度、湿度、気圧を一定にして。

(“遮断”とか“一定”の意味が微妙ですね。

「このレベルで状況偏差が発生する。」

と考えないようでは論理学者ではない。

しかし、今は、科学理論構築の前提として一定だと仮定します。)

 

更に、

「装置で使用する電力(電気)が究極整流化される」

と仮定します。

この理想形実験ですら。

「発射装置の(物理特性により)精度が粗いので。

それが微妙な違いとして、発射に影響する。」

という事実があります。

これも状況偏差からの帰結。

電流で済む話じゃないことが分かるでしょう。

 

飛行中にも、空中の別分子にぶつかったりするし。

真空で実験しても、他の量子の進入は阻止できないのですが。

今は、発射装置に限定して状況偏差を扱います。

それが物理装置として実現されている限り。

状況偏差は絶対に回避不能なんですよ。

しかし、これらの点も科学理論として無視し。

話を電子の本質把握(量子性)に限定します。

 

この世界観で視点を電流のみに当てると。

「究極整流化により電流由来の状況偏差は無くせるのか?」

どう思いますか?

この質問に対する解答で3択問題における

「原理上無理」

というケースが登場するのでは?

 

ここで、基準のB‐embedを持ち出します。

今後、必死に電流整流化の精度を上げて。

仮に、B(20)くらいまでの計測時間が一定になったとしましょうか。

(決してなりませんよ。

今は、思考実験の仮定です。)

すると、次にB(21)が挑戦します。

 

こうやって、イタチごっこが始まり。

B(29)くらいの爆撃になると。

計測時間が20年を超えて。

実験対象化できなくなります。

やれば、次にB(30)が控えていますよ。

(次数に対し、ほぼ4倍の冪長計測時間になります。)

 

この事実認識の下、理論上の話に入るわけですが。

何故、

「理論上なら、状況偏差が発生しない」

ように出来ると錯覚するのか?

それはね、猿脳の計測精度が粗いからです。

ここから、電子の量子性確認作業に入ります。

 

仮に、電流レベルで状況偏差が生起しないと仮定し。

その電流で、電子を発射して、二重スリット実験を実施したとします。

それでも干渉縞が発生すると思える根拠は?

私が

「B‐embedで状況偏差が発生しなくなれば。

その電流では(スリットで遮られて)干渉縞が発現しない。

もしくは、別模様になる。

(こういう可能性の伏線準備をしてきたわけだ。)」

と言った場合、どうやって反論や反証をする気かな?

 

イタチごっこなので、反証不能でしょうが。

君らの実験とは、その程度のものなのですよ。

つまり、旧量子論は、その程度の

「イタチごっこを途中で思考停止し。

その状態が究極モデルだと錯覚した上で成立する近似理論。」

なのです。

 

そんなもので、ミクロ量子の本質を掴めるはずがない。

この事実関係を悟らせるのがB‐embed。

どうじゃ、物理猿よ。

B‐embedの偉大さが納得できたかな。

科学の基準であり、基盤になるアルゴリズムです。

グラムやメータや秒よりも基礎だと判ってきたでしょう。

 

ここまで来ても、まだ、猿は

「なるほど電流の状況偏差は解消不能だろう。

だが、それは旧量子論で説明可能」

と考えるカモ。

フッ、それが甘い。

本質把握で循環していると悟れない脳だ。

 

状況偏差はシュレディンガー方程式で説明できないのですよ。

確率ベースの理論で状況偏差を説明可能と思うレベルの曖昧脳だから。

スクリーンにおける

「波動の点別収縮」

なんて贋作バッタものを売り出す詐欺になるの。

 

「波動方程式⇒点別収縮」

なんてのは推論ジャンプの最たるもの。

失敗ではなく、素人を騙す青詐欺系です。

何故、そんなことが主張できるのか?

思考実験を更に先に進ませ。

(その時代の精緻化電流で、)二重スリット実験を続けて2回実施した場合を考えます。

 

すると、

「1回目 vs 2回目」

で結果の干渉縞は模様として違ってくるのでは?

これが、状況偏差の世界観からの推論です。

今みたいに、電子一個発射なんてやる時代が来る前に。

昔の電流発射レベルで実験できたのに。

誰も、やってないのかな?

その程度の粗い脳だったわけだ、量子猿は。

 

マクロレベルでの、干渉縞模様を比較すれば。

一口に

「干渉縞模様」

と言っても、画像として微妙に違うことが分かるはず。

これを誤差と思うから駄目。

本質と把握しないと。

状況偏差により、干渉縞模様が違ってくるの。

 

この縞模様の差を、どうやって波動方程式から導き出すのか?

原理上無理でしょう。

モデルの近似精度が粗すぎるから。

整流精度問題を回避するため、更に、攻撃すれば、

「電流の精緻化レベルを変えれば干渉縞への影響は、どうなるか?」

どうですか、こういう指摘は。

 

今は(理想の)思考実験をしているわけです。

よって、装置の物理的誤差は無視し。

電流の影響のみに注目したいの。

この場合、究極整流化したと仮定して。

「二回実験結果の干渉縞模様は違うか同じか?」

「違うとしたら、旧量子論で説明できるか?」

 

こういう懐疑が状況偏差の観点からの貢献です。

原理上の話ですから、誤差で済む話じゃないのですよ。

誰も考えたことすらないでしょう。

だって、前提としての電流の精緻化追求をやってないもの。

電子一個発射で電流精緻化できたと思うのが馬化の証拠。

 

いずれにせよ、旧量子論は、こういう相違を原理上、扱えない。

だって、差が出るという認識がないもの。

装置の物理的な粗さ由来の誤差問題だと思っているはず。

そうじゃなく、この差こそが電子の本質であり。

この差を扱えるのが状況偏差だということ。

 

シュレディンガー方程式では無理。

不確定性原理ごときで何とかなるレベルの話じゃないの。

この意味で旧量子論は未熟です。

よって、新量子論では、状況偏差を理論に組み込みます。

これにより、量子に対するより精緻なモデル化が可能になるわけです。

 

近似度合いが粗い旧量子論では

「量子の本質」

に迫ることはできません。

では、どうやって、状況偏差を理論に組み込むか?

乞う御期待。

これで349町目。

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