2023年10月28日

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2023年10月28日 (ハイパー神商)

 

今回も、二重スリット実験で

「模様の出ない」

ケースを検討します。

こういう現象は有り得るのか?

有り得ます。

それは実験失敗ということなのでは?

フッ、事は、それほど単純ではないのですよ。

 

それが分かってないから、旧量子論で、

「因果の逆行」

とか平気で言い出すの。

そういう方向の実験は

「トンデモ実験」

だと認識できてない模様。

何が

「二重スリット実験」

だよ、二重スリット使わない実験をしておいてからに。

 

何故、トンデモ実験だと主張できるのか?

今回、その真意が解明されるという筋書き。

このテーマに斬り込むため、今回は、1発づつ発射ではなく。

まとめたレーザー光としての発射のケースを思考実験します。

当然、この帰結は、1発づつ発射の場合にも影響するし。

状況次第では、そのまま適用できます。

 

前回、私が指摘したように

「光子1個発射」

の概念が科学的にハッキリしてない状況では。

これが、現在の科学的に見て確実な態度です。

では、宙爆開始。

 

遮蔽板無しで、しかるべき発射装置から強力レーザー光発射すると。

スクリーン上で着地点が1点に凝縮された計測結果となるわけですが。

途中に二重スリット遮蔽板を置くと。

遮蔽板で遮られて、各光子がスクリーン上に届かないカモ。

だって、レーザー光が直進するルート上にはスリットが開いてないでしょう。

2本のスリットは中心の両脇に開いているもの。

だから、口径の細いレーザー光なら通過できないはず。

 

というか、必ず、こういう間隔のスリット遮蔽板を設定できます。

スリット間隔を広げればいいだけの話。

それが、1個づつの発射なら、通過できるという根拠は?

実際、どういう理由か推察せずにですよ。

従来の二重スリット実験では

「たとえ、全部は通過できなくても、通過できる光子もある。」

なんて平気で言ってました。

証拠は、ユーチューブの素人向け解説動画に残っています。

 

これは、一体、どういうことなのか?

つまり、

「レーザー並みに発射口径を絞った1個づつ発射」

という行為は有り得ないのか?

それとも、有り得るのか?

3択問題ですよ。

 

前々回は、

「発射エネルギーが弱いと、スクリーンでの模様計測できない。」

可能性について考えましたが。

今回は、逆で、

「発射エネルギーが強いと、スクリーンでの模様計測ができない。」

ケースから始まっています。

それなのに、何故、

「発射エネルギーを弱めると、スクリーンで模様計測できる。」

ようになるのか?

 

これに対し、猿は単純反射神経に基づく解答をするはず。

つまり、既存の二重スリット実験では、スリット間隔の距離が短く。

レーザー光の焦点を絞っても、光は

「両方のスリットを同時というか、同等に通過する(ことが可能)。」

と仮定するわけです。

 

しかしレーザーの口径は、いくらでも細くできるのですよ。

スクリーン上の点が(直径)1mmくらいのレーザーの場合。

1mm間隔の二重スリットを物理的に製作することができるか?

それができるような時代になれば。

レーザーの焦点も、相応に絞れる(はずな)ので。

境界問題はイタチごっこになります。

 

というわけで、現状、どうやって、干渉縞模様を発生させているかというと。

「二重スリット通過相当」

の疑似(遮蔽板)装置を用いて、

「疑似二重スリット実験」

をやっているわけです。

それが、

「疑似」

だと意識せずにです。

 

だって、そうでもしないと、他に、実験法が無いからね。

しかるに、この態度こそが

「トンデモ(実験)態度」

なんですよ。

そもそも、こういう実験は

「二重スリット実験」

とは呼べないでしょう。

二重スリット使ってないのだから。

 

正直に、使った(遮蔽板相当)装置Xへの依存性が分かるように

「X(依存で発現する)干渉縞実験」

と呼ぶべきです。

しかし、そう称してない。

全て、二重スリット実験と名乗っています。

実験Aと実験Bが相克するなんてこと夢にも思ってない模様。

どうして、統一した土俵(世界)での実験だと思うのかね。

 

このように、論理ベースの思考実験は実際の実験よりも強く。

そういうX実験に相当するものがあれが、それは、

「二重スリット実験とは一線を画す。」

と認識できるのですよ。

そして、二重スリット実験で模様が発生しないケースを素直に受け入れることが可能です。

だって、別実験なんだから。

 

こう正しく認識でき始めると。

模様無し方向でのスリット間隔調整実験もしたくなるの。

というか、これが量子の本質に迫るためには必要不可欠。

そして、半導体の世界には、この方向こそが正当で正義で有意義。

従来のトンデモ実験なんぞ何の役にも立たない。

分かったかな、思考実験の凄さが。

そして、これが新量子論の入り口になります。

 

旧量子論の猿連中は、何をやってきたかというと。

「2本のスリットを同等に通過する。」

と仮定した実験しかやって来なかった。

そうしないと、干渉縞が発現しないからです。

だから、

「2本のスリット間の距離が離れていて、光子や電子が通過できない。」

ケースはあるとしても、

「それは二重スリット実験の本来の意図・目的とは違う実験になる。」

として排除してきたわけです。

本当の馬化とは、こういう連中のことですよ。

 

そうじゃなくて、まず、光子のレーザー発射装置を決め。

次に、設置する二重スリット間の距離が違う複数の遮蔽板を用意し。

各二重スリット間隔を計測し。

どの程度の距離なら、光子が通過出来ず。

(よって、スクリーンに模様が発生せず。)

どの程度の距離なら、光子が通過できて。

(よって、スクリーンに模様が出現し。)

その中間で、どの程度の距離間で、Yes・Noの閾値になっているのか?

 

そもそも、そういう正確な境界線は引けるのか?

引けないとしたら、境界付近で、スクリーン模様は、どうなるのか?

干渉縞の相違になるのか?

別の模様が登場するのか?

雑音舐めちゃ、いかんぜよ。

3択問題になってくることが分かるかな?

 

こういうのが、二重スリット実験における

「境界問題」

です。

特に、この場合は

「(スリット)間隔問題」

と名付けます。

勿論、私がオリジナルで創始者特権。

著作権設定するということ。

 

量子の本質を追求したいのなら、この方面の探求は必須ですが。

エタシュビッツ脳室に入った従来の猿は。

干渉縞が出現するケースしか思い及ばない脳なのよ。

それで科学(物理)か!

実験災害の発生ですよ。

何を実験している気分なのかな、旧量子論の猿は。

 

この閾値方向の実験したければ、私に連絡するように。

私が筆頭著者なら許可します。

アイデアのコンサルタント料とるけど。

次から次へと、ポイポイ、惜しげもなく。

Yes・Noの結論だけ猿に投げ与えると思う方がどうかしている。

無限地獄で芋の奪い合いでもしとれや、猿は。

神の因子エネルギー舐めちゃ、いかんぜよ! 

 

最後の〆で一言。

何故、科学者が

「二重スリット実験」

という用語に縋りつくか、理由が分かりますか?

それはね、科学史上、

「最も美しい実験」

と勝手に自己満足評価をしたからです。

 

フフン、先住民のノーベル賞選考委員会じゃあるまいし。

猿が未だに私にノーベル物理学賞出さないので、ノーベル賞を

「科学史上、最も価値の認知できない賞」

に指定しておきます。

さて、後世、どちらの評価が定着するかな、科学史において。

どうじゃ、ヨハネの黙示録の味わいは。

これで421町目。

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